東海道新幹線の車体が青と白色の理由
東海道新幹線(とうかいどうしんかんせん)の色は、どのような理由で決まっているか知っている人も少ないのではないでしょうか。
東海道新幹線の車体の色が「青」と「白」の理由を知っていれば、子供に聞かれたときに自慢できそうです。
東海道新幹線は、東京駅から新大阪駅までを結ぶ東海旅客鉄道(JR東海)の高速鉄道路線とその列車になります。
東海道新幹線は、山陽新幹線に直通する運行体系にもなっていることから、総称して「東海道・山陽新幹線」(とうかいどう・さんようしんかんせん)とも呼ばれています。
東海道新幹線は、世界初の高速鉄道として世界中で知られています。
日本の新幹線としても最古の歴史を持っています。
日本国有鉄道(国鉄)で高速運転が可能な標準軌新線を建設することが決定され、昭和34年(1959年)4月20日に、新丹那トンネル熱海口で起工式を行って着工しました。
東海道新幹線は、東京オリンピック開会直前の昭和39年(1964年)10月1日に開業しました。
計画段階の名称は「東海道新線」と呼ばれていたようですが、開業時には「東海道新幹線」と命名された経緯があります。
「新幹線」という呼び方は、東京駅~下関駅間で計画された「弾丸列車」の内部呼称に由来するといわれているようです。
次に、東海道新幹線・東海道新幹線の色の理由・東海道新幹線が青と白なのは・東海道新幹線のカラーリング会議、などの紹介をします。
東海道新幹線
東海道新幹線は、「東京」・「名古屋」・「大阪」という日本の三大都市間を高速移動するための鉄道として活躍しています。
2016年時点でのデータでは、1日当りの列車本数は365本で、1日当りの輸送人員は:約45.2万人だとされています。
また、東海道新幹線の年間輸送人員は約16500万人で、年間収入は約12119億円のようです。
世界有数の輸送サービスを提供している鉄道路線として、「新幹線(しんかんせん)」の名称は世界中に知られています。
平成30年(2018年)時点では、東京駅~新大阪駅間の所要時間は最速で2時間22分になっているようです。
東海道新幹線の距離は514.5km(営業キロは552.6km)になります。
東海道新幹線の駅数は起終点駅を含んで「17」です。
構造種別の延長割合は、路盤が53%・橋梁が11%・高架橋が22%・トンネルが13%になっています。
次に、東海道新幹線の色の理由・東海道新幹線が青と白なのは・東海道新幹線のカラーリング、などの紹介をします。
東海道新幹線の色
東海道新幹線の車体の色が「青」と「白」の理由を紹介します。
東海道新幹線の車体の色が「青」と「白」の理由には諸説あるようです。
有力な説は、名古屋市のリニア・鉄道館館長の「天野満宏」氏の説があります。
東海道新幹線の車体の色が「青」と「白」なのは、車体の色を決める会議の席で、たまたま机の上にあったタバコの箱のイメージが参考にされたという説です。
東海道新幹線のカラーリングの決定の記録は「東海道新幹線電車技術発展史」に残っているようです。
1200ページを超える分厚い「東海道新幹線電車技術発展史」の「塗装・塗色」という小目にカラーリングのことが記録してあります。
その項目には、タバコの銘柄の「ハイライト」を眺めていた某氏が“これでいくのはどうだろう”という記述があるようです。
次に、東海道新幹線のカラーリングの会議、などの紹介をします。
カラーリングの会議
東海道新幹線の車体の色が「青」と「白」に決まった理由には、カラーリングの会議で車体の色を白基調にすることを前提にしていたことも関係しています。
新幹線開発時期の高速列車の色は「赤」が主流だったようです。
当時の列車のブレーキは、摩擦によって細かい鉄くずが飛び散るので車体の汚れが目立つ「白」は使えなかったとされています。
しかし、新幹線には鉄くずが飛び散らない構造の新型ブレーキを使うので「白の車体」が可能でした。
「白」を基調にする前提の、東海道新幹線のカラーリングの会議では「青派」と「赤派」が対立したとされています。
カラーリングの会議で「青」と「白」の車体に決まったのは、世界的にも大ヒットした当時大人気のタバコの銘柄の「ハイライト」のデザインが影響しています。
「ハイライト」を並べて新幹線が走る姿を再現するなどして、超高速列車にふさわしいスピード感のある色合いの青と白のツートンカラーに決まりました。