ひな人形は3月と9月と二回飾る?

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3月3日の雛祭りにはひな人形を飾ります。

ひな人形を飾る風習は3月だけでなく9月もあるそうです。

3月3日のひな祭りは女子のすこやかな成長を祈る節句になります。

“ひいなあそび”とも言われる雛祭りには、男雛と女雛を中心とするひな人形を飾ります。

ひな祭りにはひな人形や桃の花を飾って、白酒や寿司や雛あられなどの飲食を楽しみます。

雛祭りが始まった時期は不明です。

雛祭りの起源説は複数あります。

平安時代の京都では平安貴族の子女の間で雅びなの遊びごとが行われていた記録があります。

初めは遊びであった雛祭りが「ひなあそび」の由来になっているようです。

平安時代には紙つくりの人形を川に流す「流し雛」もありました。

江戸時代になると女子の「人形遊び」と節物の「節句の儀式」が結びついて全国に広まりました。

3月の節句に雛祭りを行うようになったのは、天正年間以降だと考えられています。

春の節句の3月3日の雛祭りだけでなく秋の節句にもひな人形を飾ったのが「後の雛」です。

「後の雛」の読み方は“のちのひな”です。

後の雛(のちのひな)の風習が始まったのは、江戸時代の元禄年間の頃だと考えられています。

後の雛(のちのひな)は、8月1日または9月9日に飾られるひな人形や、ひな人形を飾ることです。

 

次に、ひな人形を飾る3月3日の節句9月9日の「後の雛」(のちのひな)について紹介します。

 

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雛祭りと後の雛

 

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3月3日の節句の雛祭りは女子の健やかな成長を祝う行事です。

ひな人形を飾る行事は 3月3日の雛祭りだけではありません。

9月9日の「後の雛」(のちのひな)でもひな人形を飾ります。

3月3日の節句の雛祭りは平安時代の京都の女子の雅びな「遊びごと」が始まりだと考えられています。

9月9日の「後の雛」(のちのひな)は江戸時代の元禄年間に始まったひな人形を飾る行事です。

 

後の雛 

 

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江戸時代の元禄年間が始まりと考えられている、ひな人形を飾る「後の雛」(のちのひな)の行事は、3月3日の節句の雛祭りのように一般的に普及しないでいつのまにか廃れてしまったようです。

近年になって、「一般社団法人日本人形協会」を中心とした「重陽の節句」及び「後の雛」(のちのひな)の復古活動が行われています。

 

9月の重陽の節句

 

9月9日の重陽の節句は、菊を用いて不老長寿を願う行事です。

重陽の節句では菊を用いることから別名「菊の節句」とも呼ばれます。

昔には五節句のひとつの重陽の節句が最も盛んに行われていたそうです。

時代とともに重陽の節句は衰退してしまいましたが、平成の時代になって復活の兆しをみせています。

平成の現代では後の雛(のちのひな)は“大人の雛祭り”と言われて注目されています。

秋を彩る“大人の雛祭り”の重陽の節句・後の雛(のちのひな)を楽しみませんか。

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